【妊娠記録3】妊娠初期の辛いつわり…妊娠悪阻で休職を決めたおはなし

妊娠がわかり喜びも束の間、すぐにつわりが始まりました。

私は会社で管理職として稼働していたため、体調管理とメンタルの管理がとても辛く苦しく…

かなり葛藤はありましたが仕事を休むことを選択しました。その頃のおはなしを綴っていきます。

休職の手続き等についてはこちらの記事をご覧ください。

関連記事

妊娠5ヶ月で切迫流産の診断を受け、当時会社員として稼働していた私は休職をすることを決めました。それから自宅安静の生活が始まります。切迫流産についてや、休職中の気になるお金の話についても触れていきます。[adcode]切迫[…]

初診と胎嚢&心拍確認

  • 3週6日 早期妊娠検査薬で陽性
  • 5週4日 産婦人科にて超音波検査を受け胎嚢やエンジェルリングと呼ばれる白い輪を確認
  • 7週4日 心拍を確認

妊娠検査薬を使うきっかけとなった花粉症のような症状は徐々に治り、程なくして目眩が始まりました。歩いていてフラフラするな、というくらい。

同時に頭がぼーっとして集中力が欠ける。人の話や文章が頭に入らない。

もともと要領が良い方なので仕事をテキパキとこなすめぐみでしたが、つわりのせいか全然仕事が捗らない…頭や手を早く動かせないといった感覚でした。

胎嚢確認後(5週4日)から徐々につわりと思われる吐き気や気持ち悪さが始まりました。

しかしまだ耐えられる程度。仕事をしていたり人と話をしていれば気が紛れていましたが、帰り道はフラフラしながら帰宅していました。

心拍確認後(7週4日)からは更につわりが進行し、匂いに敏感になり吐き気や気持ち悪さも強くなってきました。

この頃会社の上司や一部の同僚に妊娠を報告しました。

つわりが本格的に

9週目くらいからつわりが本格的になり通勤もしんどくなってきました。

会社まで電車で1時間、会社に着くと同時にトイレに行き吐き気と戦う。

つわりで仕事の効率も下がり、残業がしばしば。管理職であったため仕事のプレッシャーもありストレスが半端ではない日々が続く…。

しかしどうしても辛い日は体調不良ということで仕事をお休みしていました。溜まる仕事、進まない仕事、新たに発生するトラブル…

つわりでも働いてる人は沢山いる。みんな産休まで頑張ってる。私は管理職。今は人も少なくて仕事も忙しいタイミング。休んでなんかいられない。でも本当は、本当は休みたい…

無理をし続けていたある日、残業を終えて駅に向かっていた途中あまりの気持ち悪さに吐きながら泣き崩れました。もう限界だと

電車にも乗れずたまたま携帯に連絡のあった会社の先輩に電話に泣きつきました。

先輩は電話口でめぐみがこんなに泣くなんてただ事じゃないと思ったようです。そして言われたのが

「妊娠出産なんて十月十日。長い人生から見たら一瞬の出来事。これまで10年以上、めぐみは会社に貢献してきた。休んでもいい、今大事なのはお腹の中の命だろう」と…

駅でたくさん泣きました。周りの目も気にせずに。

そして帰宅した主人に自分の気持ちを伝えました。すぐに私の気持ちを理解してくれました。私は仕事をしばらくお休みすることに決めました。

妊娠悪阻の診断

翌朝、仕事を休んで産婦人科へ行きつわりの症状を伝え9週3日で妊娠悪阻の診断を貰いました。

会社にはつわりが治るまでお休みをいただくことを伝え、有給を消化してのお休みとなりました。

会社の上司、同僚は快く私のお休みを受け入れてくれました。

ホッとしました。同時に罪悪感も感じました。本当にお休みしてていいのか。私がいなくて周りに迷惑をかけていないか。進めていた途中の仕事はどうしようか。

つわりの辛さと妊娠出産への不安も入り混じり、とにかくネガティブに。お腹の中の小さな命にはストレスが大敵であることはわかっていました。

きちんと妊娠悪阻の診断を貰って休んでいるんだ、安心して休もう。でもやっぱり休んでていいのかな…。

私の心の中はこの繰り返しでした。

切迫流産の診断

9週3日からお休みを貰いその後もつわりの症状はよくならず、結局2ヶ月近く休むことになってしまいました。

17週1日、やっとつわりが治り仕事に復帰ができると思い上司にもそのように報告をしました。翌日の健診で問題なければ仕事復帰します!と。

しかしその日の健診で

「赤ちゃん下がり気味だね、お腹も張ってる」

と先生に言われました。子宮の下の方に赤ちゃんがいるみたいです。

そして貰った診断結果は切迫流産

いくら座り仕事であっても通勤は往復2時間、仕事は休んだ方がいいと言われました。

さっき上司に復帰できると思いますと言ったばかりなのに…

でもこれはきっと私のお腹の中の赤ちゃんが「お母さん、休んで」と言ってるのだと感じました。

休職を決意

切迫流産となり簡単な家事以外動くのは禁止、自宅での安静生活となりました。

会社では私の復帰を心待ちしてくれていましたが、それが叶うことはありませんでした。

正直、長期に渡ってお休みをしたため仕事へのブランクも懸念していました。

有給も使い切り正式な育休(産前休業)まで残り3〜4ヶ月となり、例え復帰できたとしても仕事の成果を出すことができるのか?と思いました。

高校卒業から12年間立ち止まることなくずっと働き続けてきたので何もせずに家にいることへの違和感。

でも、お腹の赤ちゃんが生まれるまで後数ヶ月…今まで頑張ってきた分ゆっくりとマタニティライフを送りたい

今ここで無理してお腹の赤ちゃんに何かあったら、取り返しのつかないことになる。

もう、頑張るのをやめて休もう。やっと決意を固めることができました。

まとめ

働きたい、休みたいが混在し休職を決めるまでかなりの葛藤がありました。

しかしどんな状況でも一番大切なのはお腹の中の小さな命なんですよね。

生活費、お金に関する心配もあると思いますが、妊婦さんは妊娠という大変な大変な大仕事をしています!

周りの人に甘えることができるなら、甘えてしまいましょう。会社は私ひとりいなくても回っていく

この時休職を決めたことが、産後の心の余裕に繋がったことは間違いありません。

次の妊娠記録4では休職の手続き等についても書いています。

次に読むのに最適な記事が表示されています

妊娠5ヶ月で切迫流産の診断を受け、当時会社員として稼働していた私は休職をすることを決めました。それから自宅安静の生活が始まります。切迫流産についてや、休職中の気になるお金の話についても触れていきます。[adcode]切迫[…]